どんな手を使っても
(問題)
AとBが同じページ数の本を読んでます。
Aは1日20ページ、Bは1日15ページのペースで読んでます。
Aが本を読み終えてから、7日遅れてBが本を読み終わりました。
この本は何ページの本ですか?
(回答例)
Bは1日15ページペースなので、遅れた分は、15×7=105ページ。
1日5ページ差がつくので、105ページ差がつくのは、
105÷5=21日
よって、Aは21日で読み終わったことになるので、本のページ数は、
20×21=420ページ
といった問題があったわけですが、
粘りと根性タイプのある子は、
20ページと15ページのペースで読み終わるから、
公倍数の60ページごとに読み終わる日を計算していき、
7日差がつくページ数まで、調べていく方法をとりました。
60÷20=3日、60÷15=4日(だから、1日差)
120÷20=6日、120÷15=8日(だから、2日差)
…
…
途中で、1日ずつ増えてくのに気づいて、420ページに辿り着きましたが、
こういった解法を使える子というのは、なかなかいないようです。
1から100までの和を求めよといった問題で、
ガウスの方法を使わず、地道に足していくっていうのも大事なんじゃないかなあと思うのです。
エレガントな解法に辿り着けるのは、こういう地道なことを平気でやっているうちに、見えてくるものなのかもしれないと思うのです。
エレガントな解法を説明して、ふ~んで終わるのは、あまりにももったいないことだと思います。
まず、自分の頭で手で、とにかく、答えまで辿り着こうとすることを、存分にやった子のみが、エレガントな解法の素晴らしさに、触れることができるのだと思います。
しかし、こういったことができる子が少ないのは、なぜか?
やはり、例題→説明→練習問題
この流れが元凶ではないかと考えています。
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