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2006年8月21日 (月)

考えること

ああでもない、こうでもない、と試行錯誤できる子は、

「ああ」とか「こう」ということを思いつけるから、試行錯誤できるわけで・・・

考えることができない子は、

「ああ」も「こう」もない。

だから、

「ああ」とか「こう」がどうやったら、思いつくようになるのか、というのがポイントになるわけです。

で、

「ああ」とか「こう」は、無いものは無いのだから、教えてあげないと、

という考え方があります。

けど、周りを見ていると、どうも違うような気がしています。

「ああ」と「こう」を教えても、

「ああ」と「こう」を試すときに思いつかないタイプが目に付くのです。

で、いつまでたっても、「ああ」と「こう」を教え続けないといけないことになってるタイプです。

これは、教えてあげないと、無いものは得られないという前提がおかしいんじゃないのでは?と思うのです。

「考えること」をしなくなったとき、人は滅んでしまうと思うのです。

生き残ろうとする力が、「考えること」をさせていると思うのです。

教えてもらえるという、助けがある状態では、生き残ろうという力は、必要ないのです。

だから、「考えること」をしなくてもいいことになると思うのです。

じゃあ、反対に、極限まで、追い詰めることを繰り返せばいいかというと、

耐えられた子はすごい力を得られるけど、途中で、息絶えてしまう子がものすごいたくさんでてしまうと思います。

それでは、人は滅んでしまう。

教えすぎず、教えなさすぎない。

このコントロールが、大人の役目だと思うのです。

2006年8月12日 (土)

力配分

勉強する内容に対して、力を入れる分野が、ちょっと世の中の雰囲気と違うなあと思える今日この頃です。

国語なんかだと、漢字は、読みは、読めなかったら、書きは、読みづらいと本人が思ったら、やり始めた方が、短時間で、頭の中に入るんじゃないかなって思ってます。

算数なんかだと、計算は、数える範囲であれば、計算せず、数えて答えを出せばいい。

それを超える数字が出たとき、計算という技術の必要を感じたら、やればいいんじゃないかなって思ってます。

論証問題や具体物操作の時間を多くとって、そっちに小さい頃から目を向けさせておくのは、算数数学を勉強していくには、いいんじゃないかなと思ってます。

やらないんじゃなくて、力の入れ方のちょっとした違いです。

何となく、力のいれどころが、違うような気がしているんです。

2006年8月 4日 (金)

雑学

九去法

Googleで79件ヒット。

これは、少ない。

互除法

同じく、Google

28700件ヒット。

おお、段違いに多い。

開平法

564件

ちょっと少ないなあ。

感想:

九去法はもうちょっと広まってもいいんじゃないかなあと思いました。

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