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2011年2月11日 (金)

環境問題をやりたくない訳(2001年ごろの記事)

環境問題を取り上げたくない一番の理由は

 「リサイクルってとってもいいこと」

という認識が一般社会にあることです。

 資源を大事にする方法は、よく言われるのに、「3つのR」と言われるものがあります。

「リデュース」「リユース」「リサイクル」の3つのことです。

「リデュース」は消費自体を少なくすること。

「リユース」は給食の牛乳ビンのように何度も使用すること。

「リサイクル」は、資源化して新製品を作り出すこと。

です。

資源確保の観点からすれば、リサイクルは最後の手段なのです。

なのに、それが一番であるかのように扱われていることがとても心に引っかかります。

たとえば、紙のリサイクル。

普通に考えてこれっておかしいと思いますよね。

木という再生可能な資源を助けるために、再生不可能な化石燃料を使って再生紙を作っているなんて。

日本の森林面積は増加している現状で、林業に従事する人はどんどん減っている。

もし、きちんとした林業を日本の産業として認めて保護していくことをしていれば、紙の再生なんてことをしなくても良かっただろうと自分は考えてしまいます。

現在は、外国の安い材木に頼って紙を作ったりするものだから、外国の原生林の減少が問題になってしまう。

安さを追求して経営している会社が、人の目をごまかすように「うちはリサイクルしている会社です」とか言ってる感じがして嫌です。

「リサイクルって言っておけば何してもいいや」という感じの、薄利多売、リユースしづらい製品を大量に作っている会社。

「リサイクル会社にごみを回して、焼却炉で燃やすごみを減らしたように見せかける行政」

本当に資源の大切さを訴えているとはとても感じられないのです。

こんな風に見ていると、たぶん授業しても、批判だけで解決のない不毛なものになっていってしまうでしょう。

 今回のまとめ

 「環境問題を取り上げるなら市レベル以上で学習しなくちゃ意味ない」

です。

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